大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長野地方裁判所 平成8年(行ウ)21号 判決 1998年9月18日

長野市大字小柴見二五六番地

原告

戸津虎雄

右訴訟代理人弁護士

武田芳彦

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

中村正三郎

右指定代理人

戸谷博子

内田健文

服部重雄

塚田良治

降元

吉村正志

宇田川祐一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

(主位的請求)

被告は、原告に対し、金七二六万二五〇〇円及びこれに対する平成七年五月二〇日から支払済みまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

(予備的請求)

被告は、原告に対し、金七二六万二五〇〇円及びこれに対する平成七年五月二〇日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自己の所有する土地を売却した原告が、これによる不動産譲渡所得が平成三年分に帰属するものとして確定申告をしたところ、右売買が実際には平成四年に行われ、その譲渡所得も平成四年分に帰属すると判断した税務職員から同年分の所得税について修正申告をするように慫慂され、これに応じて修正申告書を提出し、その結果新たに納付すべきこととなった本税額を納付したが、右売買は平成三年に行われたものであって、その譲渡所得は同年分に帰属するのであるから、これが平成四年分に帰属することを前提とする修正申告は税務職員の誤った指導により所得の帰属年分を誤信したためにされたものである旨主張し、被告に対し、主位的に右修正申告の錯誤無効を理由として国税通則法五六条一項に基づき誤納金の返還を請求し、予備的に右税務職員の誤った指導による不法行為を理由として国家賠償法一条一項に基づき右納付税額相当額の損害賠償を請求する事案である。

したがって、本件における主たる争点は、土地売買が行われ、譲渡所得の帰属するのが平成三年であるのか四年であるのか、この点について原告に錯誤があるのか否か、右の事実関係を前提として、修正申告の錯誤無効による誤納金返還請求権が発生するための要件を具備するか否か、修正申告の慫慂に際して不法行為に該当する誤指導があったか否かである。

一  判断の基礎となる事実等

(証拠を摘示した事項のほかは当事者間に争いがない。)

1  平成三年法律第一六号による改正前の租税特別措置法三七条一項一四号・四項(同改正法附則七条一六項参照)によれば、平成三年一二月三一日までに所有期間が一〇年を超える事業用の土地等を譲渡し、その譲渡をした日の属する年の翌年(ただし、税務署長の承認を得たときは、更にその後二年以内において税務署長の認定した期間内)に減価償却資産を取得して事業用に供した場合で、かつ、当該譲渡による収入金額が買換資産の取得価額以下である場合は、収入金額の二〇パーセントに相当する部分の譲渡があるものとするとされていた(以下、この取扱いを「特定事業用資産買換えの特例」という。)。

2  原告は、昭和三五年四月二日、相続により別紙物件目録記載の各土地(以下、同目録記載の番号に従って「本件(一)土地」というように表示し、両土地を総称するときは「本件各土地」という。)の所有権を取得し、これを含めた所有地において農業を営んでいたが、同所付近で宅地開発を計画していた訴外株式会社八紘不動産(以下「八紘不動産」という。)に勧められ、本件各土地の一部を同社に譲渡し、併せてこれによる所得について特定事業用資産買換えの特例の適用を受けるため残余の土地に建築されたアパートを取得することとし、その後、本件各土地の一部(約一四五坪)を同社に売り渡し(以下「本件譲渡」という。)、分筆登記を経た上で、平成五年五月一三日、同社への所有権移転登記を了した。(甲第八、第九号証、第一三号証の一ないし五、証人小池文雄、原告本人)

3  原告は、平成四年二月一九日、長野県知事に対し本件譲渡について国土利用計画法二三条一項に基づく届出をしたところ、同県知事は、同年三月一八日、本件(一)土地のうち四八二・二四平方メートルに関し予定対価の額二六二五万七九六八円をとする売買契約について同法二四条一項の規定による勧告をしない旨のいわゆる不勧告通知をした。(不勧告通知の内容について甲第五号証)

4  原告は、平成四年三月一六日、本件土地の売買に基づく分離長期譲渡所得(以下「本件譲渡所得」という。)を含め、平成三年分の所得税の確定申告をしたが、その際、作成日付が平成三年一二月二八日、対象地が本件(一)土地のうち四八二平方メートル(一四五坪)、代金額が一八八五万円(三・三平方メートル当たり一三万円)と記載された土地売買承諾書を添付し、本件譲渡所得もこの代金額に基づき、かつ、特定事業者用資産買換えの特例が適用されるものとして計算した。(土地売買承諾書の記載内容の詳細について乙第七号証)

5  長野税務署の小山芳英上席国税調査官(以下「小山係官」という。)は、平成七年五月一八日、平成三年分の所得税の確定申告に関する税務調査のため原告方に赴き、原告に対して本件譲渡の関係書類の提示を求めたところ、原告から前掲乙第七号証の土地売買承諾書のほか、対象地が本件各土地のうち四八二・二四平方メートル(一四五・八七七六坪)、代金額が二六二五万七九六八円と記載された売買契約書、平成四年二月二五日に二口に分けて合計五〇〇万円、同年一〇月一二日に二口に分けて合計二一〇〇万円がそれぞれ預け入れられた旨記載されている定期預金通帳が提示されたことから、本件譲渡が平成四年にされたものであり、その代金額は二六二五万円余であると判断し、原告に対して平成四年分の所得税の修正申告をすべき旨を慫慂し、原告に代わって修正申告用紙の所要事項を記載し、原告がこれに氏名を自署し、押印した。(税務調査時の状況の詳細につき甲第二号証、第四号証の一ないし三、第八号証、乙第四号証、第一一号証、証人小山芳英)

6  原告は、右税務調査の翌日である平成七年五月二〇日付けで長野税務署長に対し前記修正申告書を提出し、即日、これにより新たに納付すべきこととなった本税額七二六万二五〇〇円を納付した。

二  当事者の主張の要旨

1  原告

(一) 本件譲渡に係る売買契約が成立したのは平成三年一二月二七日である。

すなわち、原告は、右同日、八紘不動産との間で、本件各土地のうち一四五坪について一坪当たり一三万円(代金総額一八八五万円)で売り渡す旨合意し、乙第七号証の土地売買承諾書を取り交わしたものの、その後、右代金額が立地条件のわりに安すぎると考えたことから、翌四年一月にかけて八紘不動産と再交渉した結果、その代金額を一坪当たり一八万円とする旨合意し、新たに甲第一号証及び乙第八号証の各土地売買承諾書を取り交わしたものであり、売買に関する合意自体は平成三年一二月二七日に成立しているから、売買契約はその時点で成立したとみべきである。本件において売買契約書の作成や手付の授受は平成四年になってから行われているが、これらはいずれも売買契約の成立要件ではないから、平成三年における契約の締結を否定することにはならない。

なお、右の各土地売買承諾書の作成日付がいずれも平成三年一二月二八日と記載されているのは、八紘不動産の代表取締役である小池文雄(以下「小池」という。)が、乙第七号証の土地売買承諾書を原告と取り交わした後その日のうちに、山本菊次郎税理士(以下「山本税理士」という。)を通じて長野税務署の資産税部門の担当者に対し、電話により、右土地売買承諾書に基づく売買に特定事業用資産の買換えの特例が適用されるか否かを問い合わせ、その適用があるとの回答を得た上で、右土地売買承諾書に日付を記入したものであるところ、その日が官公庁の御用納めの日であると認識していたものの、平成三年においては一二月二八日が土曜閉庁日であり、御用納めはその前日であったことに気づかず、例年どおり二八日であると思い込んでその日を書き入れたからであり、翌年になってから遡って日付を記入したものではない。

(二) 右によると、本件譲渡所得は平成三年分に帰属することとなるが、原告は、小山係官から税務調査を受けた際、同係官の誤った指導により、これが平成四年分に帰属するものと誤信し、同係官の説明するような納税義務があり、かつ、その慫慂に応じないことによって甚大な不利益を受けると考え、修正申告をしたものである。そして、原告がこのような錯誤に陥っていたことは客観的に明白であり、かつ、これによって七二六万二五〇〇円の所得税のほか、二一九万二七〇〇円の市県民税を新たに納付すべきことになった上、重加算税二五四万一〇〇〇円を課せられるに至ったのであり、錯誤は重大である。そして、原告は、特定事業用資産買換えの特例の適用があるからこそ平成三年中に本件譲渡を行い、しかも、山本税理士を通じて右特例の適用を受けられるとの長野税務署の回答を得た上で、平成三年分の所得税の確定申告をしたのに、小山係官の誤った指導により平成四年分の所得税について修正申告を強要されたのであって、何ら責められるべき点がないばかりでなく、右修正申告については、更に国税通則法二三条一項に基づく更正の請求をすることが認められていないのであるから、右修正申告の過誤の是正について法の定めた方法以外に是正を許さないと原告の利益を害すると認められる特段の事情があるというべきである。

したがって、原告は、被告に対し、右により新たに納付した所得税額について誤納金返還請求権を有する。

(三) 被告の公権力行使に当たる公務員である小山係官は、税務調査に際し、原告から提示された乙第七号証の土地売買承諾書及び土地売買契約書等の関係書類の記載を検討しただけで、本件譲渡が平成三年分でなく平成四年分に帰属するものと誤った判断をし、独断と偏見に基づいて修正申告を強要した。また、仮に強要とまではいえないとしても、原告に対して反論やその根拠となる資料の提示を求め、あるいは本件譲渡の相手方である八紘不動産や山本税理士に問い合わせるなどして、十分な調査を尽くすべきであったにもかかわらず、これを怠って修正申告を求めたものであり、税務調査及びこれに基づく修正申告の慫慂を担当する公務員として順守すべき注意義務に違反した過失があるというべきである。

そして、原告は、右不法行為により七二六万二五〇〇円の所得税を新たに納付せざるを得なくなったのであるから、右税額に相当する損害を被ったものとして、被告に対し、損害賠償請求権を有する。

2  被告

(一) 本件譲渡は平成三年ではなく四年に行われたものであり、これによる譲渡所得は平成四年分に帰属する。

すなわち、本件土地の売買については、国土利用計画法に基づき届出及び売買契約の時期に関する規制並びにその違反に対する罰則が定められているので、同法の規定に違反して売買契約を締結することは通常考えられないところ、原告と八紘不動産は、平成四年二月一九日付けで同法二三条一項に基づく届出をし、同年三月一八日付けで長野県知事からいわゆる不勧告通知を受け、右届出の日から六週間を経過した後である同年四月二〇日付けで売買契約書を作成したのであるから、右売買契約書の作成をもって売買契約が成立したと認めるべきである。また、売買契約の当事者間で手付を授受している場合においては、これが交付された時点で契約を成立させるのが当事者の合理的意思であるから、本件では手付が授受された平成四年をもって売買契約が成立したとみられる。

なお、原告は、売買契約書の作成に先立ち平成三年一二月に土地売買承諾書を取り交わしており、その時点で売買契約が成立したと解すべきである旨主張するが、売買代金額や対象地の記載の異なる土地売買承諾書が三通も存するのが不自然である。また、そのうち乙第七号証の土地売買承諾書は、小池及び山本税理士は、平成三年一二月二八日に作成したものであり、その日のうちに、山本税理士が長野税務署資産税部門の担当者に電話で特定事業用の資産の買換えの特例の適用について問い合わせた旨述べているが、平成三年度において一二月二八日は土曜閉庁日であり、担当者が電話で回答をしたということはあり得ず、その作成経緯に関する主張は不合理である。次に、原告は、右土地売買承諾書は代金額の点で問題があり、平成四年になってから合意した代金額に基づき新たに甲第一〇号証の土地売買契約書を取り交わした旨述べるが、これによれば、本件譲渡に係る土地売買承諾書が取り交わされたのは平成三年中ではない。更に、実際には平成四年になってから手付が授受されたのに、平成三年一二月二八日付けの領収証が作成されたり、本訴提起前に山本税理士から長野税務署に対し振出日付を右同日に偽って記載した小切手及び小切手帳の写しが提出されたりしたという事情がある。これによれば、右の各土地売買承諾書は平成四年になってからその作成日付を平成三年に遡って記載したものと認められる。

以上のとおり、本件譲渡に係る売買契約は、平成三年ではなく平成四年に締結されたものである。

(二) 右(一)によると、本件譲渡所得は平成四年分に帰属することとなるから、原告が平成四年分所得の修正申告に際して右同様に考えても何ら錯誤といえないことは明らかである。原告の錯誤無効の主張は、その帰属年分に関する事実的前掲を欠き失当である。

また、本件においては、土地売買承諾書が平成三年中に作成されたことが明らかであるとはいえず、かつ、右承諾書の作成をもって売買契約の成立といえるかということも法的判断を経て初めて認定できる事柄であるから、平成三年中に売買契約が成立したことは明らかとはいえず、したがって、修正申告の過誤が客観的に明白であると認めることはできない。

更に、原告は、本件譲渡に係る売買契約の当事者としてその締結時期を最も熟知しており、それが平成四年であると自認した上で修正申告をしたのであるから、修正申告の過誤を是正しなければ納税義務者の利益を著しく害すると認むべき特段の事情があるということはできない。

(三) 原告本人尋問の結果によっても、原告が小山係官に強要されて修正申告をしたことを窺うことはできない。そして、本件修正申告は有効なのであるから、これを慫慂したことが不法行為を構成することはない。

第三当裁判所の判断

一  本件譲渡所得の帰属時期

1  所得税法三六条一項は、所得税の課税対象となる所得の金額を計算する上において収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とするものと定めているものの、その年において収入すべき金額については具体的な定義規定を置いていないので、これを解釈により決するほかない。そこで、所得税基本通達三六―一二は、譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は譲渡所得の基因となる資産の引渡があった日によるものとするとした上で、本件のような農地の譲渡については、その権利移動に係る許可があった日又は届出の効力の生じた日と農地の引渡があった日とのいずれか遅い日によるけれども、これらのいずれか早い日又は農地の譲渡に関する契約が締結された日により総収入金額に算入して申告があったときはこれを認めるとしており、譲渡所得の帰属時期についていわば納税者の側からの選択を許容している。

本件において、原告は、右の通達を前提として、農地の譲渡所得に関する契約締結日をもって譲渡所得の帰属時期とすべきものとした上で、右契約の締結は平成三年中である旨主張し、被告はこれを平成四年であると争っているので、まずこの点について判断する。

2  ところで、売買は、いうまでもなく不要式の諾成契約であり、売主が財産権を相手方に移転することを約し、買主がこれに代金を支払うことを約することによって成立する。もとより、当事者間で契約が成立したときには、これを証するために、売買契約書を取り交わしたり、手付を授受したりすることも多いが、必ずしもそれが行われなければ契約が成立していないというわけではない。また、国土利用計画法二三条一項による届出を必要とする土地売買については同条三項により届出後六週間を経過するまでの間は売買契約を締結してはならないものと定められており、これに違反して契約を締結した場合については同法四八条の罰則が設けられているが、右の規制は一般に取引の自由を前提とした上でその適正化を図ることを目的としたものであって、これに違反してなされた場合でも契約の効力自体は否定されないものと解されており、届出後六週間経過前に契約を締結することはあり得ないという経験則が存するわけではない。要は、右のような点を斟酌しつつも、諸般の具体的事情を総合して判断し、当事者間において確定的に財産権の移転とその対価としての代金支払に関する合意が成立したとみることができるか否かである。

3  本件において、原告が平成三年一二月に売買契約が成立したとする主たる根拠は、原告と八紘不動産が同月二七日に乙第七号証の土地売買承諾書を取り交わしたことによってこれに記載された本件土地のうち一四五坪の部分の売買が確定的に合意されたということにある。

しかしながら、右の土地売買承諾書の作成時期に関する原告の主張をそのまま採用することは困難である。

すなわち、右承諾書には作成日付として「平成三年十二月二十八日」と記載されており、原告(甲第八号証)及び小池(甲第九号証)ともに陳述書において右の日に承諾書を作成したと述べており、小池(甲第九号証)及び山本税理士(甲第一〇号証)は、右の日に山本税理士が長野税務署資産部門の担当者に電話をかけて特定事業用資産買換え特例の適用の可否について照会し、適用ありとの回答を得た旨を各陳述書において述べている。そして、右の各供述は、小池については変遷があるものの、山本税理士の証人尋問及び原告本人尋問においてそのまま維持されている。しかしながら、小山係官の証言及び弁論の全趣旨によると、右同日は土曜閉庁日であって、資産税部門の担当者が電話で応答することはあり得ないものと認められる。もっとも、この点に関し原告は、右承諾書の作成日及び電話による照会日は平成三年度における御用納めの日である一二月二七日であるが、例年どおりと誤解して一二月二八日と思い込んでしまった旨主張するが、税務署の御用納めの日との関連の下に、小池や山本税理士が電話による照会日を認識していたとか、原告が小池が承諾書の作成日付を認識していたことを窺わせる証拠は存しない。むしろ、承諾書の作成時にその日付も記載したのであれば、原告と小池が一様に作成日付を誤ることなど想定し難い事態であるといわなければならない。なお、小池は、その陳述書(甲第九号証)と異なり、証人尋問においては、実際に承諾書を作成したのがその作成日付として記載されている一二月二八日なのか、その二、三日前なのか、記憶が明瞭でないとも証言しているのであり、このような首尾一貫しない供述の信用性は著しく低いといわざるを得ない。

また、原告は、八紘不動産の仕入元帳において本件譲渡に係る代金が平成三年一二月に計上されていることをもその主張を裏付けるものとして援用するが、他方、乙第一二号証によれば、山本税理士から右元帳の原本の提示を受けた長野税務署の資産税担当の矢野実統括国税調査官が確認したところ、平成三年一二月二八日の土地予約金五〇〇万円については末尾に鉛筆書きで記載されていたというのであり、後記のとおり実際には平成四年二月に授受された五〇〇万円の手付について平成三年一二月二八日付けの領収証を発行したこととつじつまを合わせたにすぎないとも考えられるのであって、これを重視することは相当でない。

4  これに対し、被告は、実際に土地売買承諾書を取り交わしたのは平成四年になってからであり、このことは、売買代金額や対象地の特定に関する記載が異なる土地売買契約書が三通も存在し、手付金を実際に授受した日と異なる日付の領収証が発行されていることなどから裏付けられる旨主張する。

確かに、弁論の全趣旨によれば、本件においては、訴訟になってから甲第一号証として提出されたもの、平成三年分確定申告の際に提出されたもの(乙第七号証)、平成七年になってから山本税理士が長野税務署に提出したもの(乙第八号証)、以上三通の土地売買承諾書が存在する。しかし、甲第一号証と乙第八号証は、その体裁及び記載内容に徴すれば、同時に作成された二通であると認められ、本文の記載内容に齟齬はない。また、乙第七号証と第一号証(乙第八号証)との代金額の相違は、原告が主張するように、いったん一坪当たり一三万円の代金額で合意したものの、その後一坪当たり一八万円に代金額を変更したとみれば、あながち不自然ではないし、また、対象地に付いて、乙第七号証においては本件(一)土地のうち四八二平方メートルと記載されているのに対し、甲第一号証(乙第八号証)においては本件各土地のうち四八二・二三六平方メートル(一四五坪)と記載されている点についても、いずれにせよ隣接した原告所有地のうち約一四五坪が売買の対象地とされているとみられるのであり、その同一性が損なわれるというほどのものではない。

しかしながら、甲第三号証の一、第四号証の一、二、第九号証、乙第一一、第一二号証、小池の証言及び原告本人尋問の結果によると、本件譲渡に係る手付五〇〇万円は、実際には平成四年二月二五日ころに授受されたのに、平成三年一二月二八日付けの原告の領収証が発行されていること、原告が修正申告した後の平成七年九月ころ、山本税理士が長野税務署を訪れ、本件譲渡所得は平成三年分に帰属するので先にされた平成四年分所得税の修正申告について是正の措置を講じてもらいたい旨の申出をし、その際、振出日を平成三年一二月二八日とする八紘不動産振出に係る五〇〇万円の小切手及びその小切手帳の耳の写し等を提出したこと、前記矢野統括国税調査官において右小切手の発行時期について調査したところ、その番号から平成四年一月三一日から同年二月一八日までの間に振り出されたものと判明したこと、以上の事実が認められる。これによると、原告がどの程度関与していたかは不明であるが、実際には平成四年になってから生じた事柄を平成三年中の出来事のように装うための工作が行われており、乙第七号証の土地の売買承諾書についても、これと同様に、その作成日を遡らせて作成したのではないかとの疑いを払拭できないものといわざるを得ない。

5  そして、前判示第二の一の5の事実に前掲各証拠を総合すると、平成七年五月一八日に小山係官が原告に対して税務調査をした際、原告から提示された乙第七号証の土地売買承諾書と売買契約書の記載の齟齬を指摘し、かつ、八紘不動産からの売買代金の受領時期及び金額を尋ねた上、平成四年度の契約ではないかと確認したところ、原告はさしたる反論もしないまま、これを認め、同係官の慫慂する修正申告に応じたことが認められる。もし、本件譲渡に係る合意が平成三年中にされたものであるとすれば、乙第七号証の土地売買承諾書の作成経緯についてもそれに副う説明をし、右承諾書に記載された代金額と売買契約書に記載された代金額の相違及び平成三年分の確定申告の誤りについて弁解し、あるいは、買主である八紘不動産の小池や右確定申告に関与した山本税理士に連絡をとって調査への協力を依頼するなど、しかるべき方法をとっていたものと考えられるのに、何らそのような方途をとっていない。そして、修正申告をした場合に新たに納付すべき平成四年分の所得税が相当高額に及ぶことは原告にも分かっていたはずであるのに唯唯諾諾として小山係官の慫慂に従ったことも併せ考慮すれば、原告は本件譲渡に係る所得が平成四年分に帰属すると判断されてもやむを得ないとの事実関係を知っていたからこそ、右修正申告の慫慂に従ったものと認めるのが相当である。

6  ひるがえって考察してみるに、前掲各証拠及び甲第一一号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告と八紘不動産は、いったん乙第七号証の土地売買承諾を取り交わしたものの、坪単価一三万円では従前売却した土地と立地条件を比較して安すぎると考えるに至った原告から「坪一八万円でなければ売らない」との申入れがあり、三回位交渉を重ねた結果、平成四年一月上旬以降二月上旬までの間に、坪単価一八万円で本件土地のうち約一四五坪を売り渡すことに合意し、改めて甲第一号証(乙第八号証)の土地承諾書を取り交わし、この代金額に基づいて国土利用計画法二三条一項所定の届出をしたことが認められる。そして、原告は、右の事実関係を前提として、一坪当たり一三万円の土地売買承諾書(乙第七号証)は効力を生じなかったもので本来破棄されるべきものであったと主張しているところである。そうすると、原告と八紘不動産は、いったん坪単価一三万円での売買の合意をしたものの、平成四年一月以降、これを合意解除して新たに坪単価一八万円での売買の合意をしたものとみるべきであり、単に代金額のみを変更したとは解されない。

7  以上によると、本件譲渡に係る売買契約は、平成四年になってから甲第一号証(乙第八号証)の土地売買承諾書を取り交わした後、同承諾書の記載内容のとおり成立したものと認められ、したがって、本件譲渡所得は平成四年分に帰属するものというべきである。

二  誤納金返還請求権の成否

1  原告の主張する国税通則法五六条一項に基づく誤納金返還請求権は、平成四年分の所得税の修正申告について、申告の内容に錯誤が存し、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、法に定められた以外の方法による過誤の是正を許されなければ納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ認められないと解すべきところ、前項において判示したところによれば、そもそも本件譲渡所得は平成四年分に帰属するものであるから、これを前掲とする修正申告については何らの錯誤も存しないことに帰属する。

2  そうすると、原告の主位的主張は、その事実的前提を欠き失当というべきである。

三  損害賠償請求権の成否

1  前判示の各事実によれば、小山係官が平成七年五月一八日の税務調査において原告に対し修正申告を強要したとは認められず、しかも、本件譲渡所得が平成四年分に帰属するものである以上、関係書類の齟齬を指摘して修正申告を慫慂・指導することは何ら問題ないことといわざるを得ない。

2  そうすると、小山係官の行為には、過失も違法性も認められないから、原告の予備的請求は失当である。

四  結論

以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法第六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(平成一〇年七月三一日 口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 齋藤隆 裁判官 針塚遵 裁判官 廣澤諭)

物件目録

(一) 長野市大字安茂里字中道八一五番

畑 七一四平方メートル

(ただし、平成五年六月二日同所八一三番一に合筆前の土地)

(二) 長野市大字安茂里字中道八一八番

畑 七六〇平方メートル

(ただし、平成五年四月三〇日同番一ないし三に分筆前の土地)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例